エッセイ of Family Photostudio SASAKI


                            家族写真家の妻 佐々木光世のエッセイです

「想い出」

目を覚ますと、今日も寒い朝。
南向きの暖かい部屋からラジオの音が小さく聞こえた。
冬の間は寒いのでこの部屋で朝食をとる。
ストーブで焼いたパンの匂い。
家の中で唯一朝日が差し込む部屋。
部屋に入ると、窓からの光に母のシルエット。
ストーブの前で着替えた。

雨が降っていた。
傘をさしてランドセルをしょい、
庭の植木の横を通り過ぎる。。
しずくがポタンポタンと落ちて葉っぱを揺らしていた。
暖かくなってきた、ある雨の匂いの朝。

夏休みの課題で、植物を調べる。
何にしようかな。
近所をフラリと歩く。
そして、隣の庭の百合の花にたどり着いた。
蝉のなく昼間。
白く涼しげな百合の花弁から
クラクラするような甘い香り。

父が毬栗から栗を取り出すとき、
革の手袋をはめていた。
その昔、父がブラジルに居たときに
買ったものかな。古かった。
縁側に、無造作に置かれた革手袋
父と一緒にたき火をした秋。

父と手をつないだ後、
母と手をつなぐと、
ゆるゆるでほどけそうで物足りなかった。
父の方がギュッと握ってくれて安心感があった。
私が子供と手をつなぐとき、
その事を思い出して、ギュッと握る。
この子は「ギュっ」と「ゆるゆる」とどっちが好きなのかな。

「ママー、あの鳥の鳴き声、
ペッチャパーイ!ペッチャパーイ!
って聞こえるね」
「あはは、ペチャパイかー。ママは
ペッチャホーイ ペッチャホーイ 
ってずっと聞こえてた」
『こじゅけい』の鳴き声。

大人になってから、ふとした拍子におもい出す
こんななんでもない想い出。
それは、私の心を今でも温めてくれる。
私は今、二人の息子に、
こんな想い出を持たせてあげられているだろうか?
今があの子たちにとっての想い出の宝庫になるのだ。

2011.6月

「無題」

今頃は、明るく暖かく、花が咲き乱れる世界で
寒さや痛みや恐怖から解放されているだろう。
今はもう、悲しみや寂しさも感じない。
思い出すのは、愛にあふれた思い出だけ。
感じるのは、愛し愛されていることだけ。

そして、日本人の過ちを全て引き受けて、
私たちの動向を心配してくれているのだろう。

広大な海から、たくさんの魂が風に乗って昇っていった。
日本人。一人一人がその事を感じずにはいられない。
望むのは、明るく、強く、優しい、調和した世界。
まだ誰もなし得た事のない、愛が力を発揮する世界。
日本が一つになる。生と死の世界も乗り越えて。

2011.3月

「若いってもったいない」

 大学生の頃、出版業界に興味があった私は、小さな出版社でバイトをした。
場所は神保町 なんか、業界ポクってかっこいい感じがして、
電車で1時間半の通勤は苦痛じゃなかった。
 出版社って?どんな事をするんだろう。出版社の仕事というと、
知的でかっこいいイメージがあった。それ以外は具体的に想像できなかった。
まったくの子供だったのだ。
 案内されたのは、本社ビルから少し歩く。古くて小さいビルの5F。
少女漫画の下請け作業をしている部署だった。30才前後の女性が5、6人作業をしていた。
 若かった私は、第一印象で、出版社に対する夢がすっかり覚めてしまった。
だって、私に仕事を教えてくれる彼女たち。全然オシャレじゃなかったんだもん!
髪の毛は伸びっぱなしで、前髪が目にかかっている感じだし、伸びたTシャツに、
ゴム入りじゃないかと思われるジーンズをはいて、足には知らないメーカーのスニーカー。
 そして、編集長?だったのかな、私に指示を出してくれるリーダーは、
デスクにアイドルグループのポスターを飾ってる。当時まだ10代のブレークする前の「スマップ」。
その編集長の会話には、よくスマップの話題が出た。
売れる前の、目をかけてあげてるアイドルといった感じで。
30歳にもなって、少し太ってて独身で、おしゃれしなくて、スマップファン。
私は完全に引いていた。その第一印象で、心を閉ざしてしまった。夏休みの間のバイト。
とりあえず、約束の期間はやろう。と思っただけだった。
 あれから、20年。今でも時々思い出すあのバイト。
そして、若いってなんてもったいないんだろう、と気がついた。
 確かに、少女漫画の下請け作業をしている、あの出版社の女性は、ださかった。
オタクだった。でも、今思うと、彼女たちは、愛すべきキャラクターだったんじゃないか。

 バイトの一幕を思い出す。「夕方 おつかれさまでしたー」と帰った。
そして次の日の朝「おはようございまーす」と部屋に入ると、
昨日私が帰ったときのまんまのフォーメーションで、彼女たちは作業をしていた。
徹夜したのだ。すぐにそれがわかった。
でも、私はなんとなく馬鹿にしていた彼女たちにその事について会話をしなかった。 
 あー、なんて生意気な若い私。徹夜で仕事をするという事は、どんなことなのか。
どんな思いでこの仕事をしているのか。なんで徹夜になったのか。
彼女たち一人一人の担当している作業は、どんなものだったのか。
今の私なら、聞きたい事はたくさんある。
スマップの事だって、軽く突っ込んで笑いを引き出したりしたかもしれない。
 服装なんて関係ない。オシャレじゃなくてもいいじゃないか。
徹夜までして完成させた彼女たちの仕事は、素敵だったに違いない。
きっとおしゃれするより魅力的だったのだ。
スーパーで買ったようなゴム入りのジーンズをはいている彼女でも、
その眼差しはきちんと机の上の原稿を見つめ、思い、考えていたに違いない。
そんな事も気がつかず、かっこつけて、何も知らなかった私。
 もしも若い私が、それに気がついたのなら、私の人生は違っていたかも。
こんなに遠回りしてなかっただろうな。
今でも「仕事」というものがしっかり分かっているかどうかは怪しいけれど、
少なくても、今の私程度になるのに、20年はかからなかっただろうな、
とそんな風に思い出すのだ。
 若いということは、贅沢だ。沢山の経験や出会いを、簡単にシャットアウトしてしまう。
せっかく大人が教えてくれてるのに、シャットアウトしちゃうから、
いつまでも交わらない。若さとはなんてもったいないんだろう。

2011. 2月

「冬の浜辺」

浜辺に着いた。
二人の息子が砂浜を走って行った。
私は彼らのうしろを歩く。

二人はブルーの上着のフードを被っている。
みるみる小さくなって、
やがて空と砂浜のなかにポツンポツンと寄り添う点になった。
走りにくい砂に足を取られながら、どこまで行くのか。

その瞬間、二人が動いていることに驚きのようなものを感じた。
以前は主人と私、二人だけだった。
前方を走る二人の息子はゼロだった。

それから小さな小さな人間として私のお腹に入った。
はじめは小さな固まり。ほんの小さな胎児。
えっー!
それが今あそこを元気に飛び跳ねている同じ命なのか!

信じられないようなことが私の人生に起きている。
ただそれが、不意に私の腑に落ちた。
私に、奇跡が訪れている。
呼べば答える、手を伸ばせば触れることの出来る
「我が子」という確かな奇跡を私は持っているんだ。

浜辺には、主人と私と子供たちをつなぐように
真冬の強い風が吹いていた。

2011. 1月

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「宿題の問題」

096.jpg「マーマーこっち来てー」
一年生の次男、はるかの声。このところ毎朝起きると、ぐずって私を呼ぶ。私は家事の手を止め、憂鬱な気分ではるかの所へ行く。
 一年生になってからちょっと心配なはるか。5月頃、毎朝学校へ行く時間にお腹が痛くなった。医者で診てもらうと神経性の腹痛という診断。新しい環境が今ひとつ馴染めていないのか。はるかは活発で手先が器用。男の子だからワンパクだけど、暴力を振るうこともなくお友達にも優しくしてあげられる。幼稚園ではとってもしっかりしていた。

 最近の一番の問題は宿題。やりたくなくて、なかなか手をつけない。やらないまま朝になり、泣きながらようやく宿題をやり、遅刻して学校へ行く、というパターンが続いている。
 私は宿題は絶対やらなきゃならない、とは思っていない。はるかが先生に怒られる、というのでかわいそうで「宿題、やったら」と思い出させているだけなのに。最初は「やったら」くらいの優しい言い方が、仕舞には「やりなさーい!」と鬼のような恐ろしい声になってしまう。自分でも分かっている。怒ったって、はるかのやる気は出ないって。案の定、ぐずりは激しくなり、私の苛立ちもおさまらなくなる。
 最近のはるかと私の関係は、一触即発。「宿題」と聞けば、緊張した空気が走る。どうやってやらせようか、今日は怒らずにやらせられるか。先生に「うちは宿題やりません」と言おうか。毎日出る宿題を前に悩んでいた。

 そんなある日、主人が「はるかのこの前の写真、かっこよく撮れたよ」と一枚の写真を見せてくれた。写真展「飛行日和」に出すために撮影したものだった。
 その写真の中のはるかは、秋風に吹かれて髪をなびかせ、なんともいえない満ち足りた笑顔をしていた。その笑顔は、一年生のはるかの、しっかりした部分と甘えん坊の部分が見えた。そしてなにより私の心をとらえたのは、私たち両親の撮影で、こんないい表情をしてくれるはるかの素直さだった。その心の奥から「僕、ママに優しくしてあげたいんだよ」というはるかの言葉が聴こえてくるようだった。
 そうなんだ、私の息子はるかは本当に可愛い!天使にちがいない。大切に育てることを許された宝物だったんだ。それなのに毎日宿題ぐらいで怒ってたなんて!

 「マーマーこっち来てー」
 次の日の朝、いつものようにはるかがぐずった声で私を呼んだ。でもその日の私には、昨日の写真のはるかの表情がはっきり残っていた。可愛いはるか、大切なはるか、ぐずぐず言ってても本当は優しく優秀なはるか。
 「ママはね、はるくんに悩みがあるなら、助けてあげたいんだよ」
少しの沈黙の後はるかは、
 「オレ、悩みある」
 「どんな?」
 「なんでオレだけいっつも怒られるの?」
あー、はるくん、本当にごめん。私が馬鹿だった。宿題ぐらいで。
 それから二人で宿題について話し合った。最後にはるかは言った。
 「ママー、もっと早くオレとママ、話し合っていれば良かったね」
本当にその通り。はるかは、私なんかよりずっとずっと素晴らしかった。

 時々お客様から「あんまり可愛く撮れていて、嬉しくて!」というメッセージを頂く。私も初めてその本当の気持ちがわかった気がした。

2010. 10月